一の章  始まりへの終焉
B (お侍 extra)
 



     
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 天主・右京は倒した。御座船の格納庫で七郎次や菊千代、勝四郎が時間稼ぎをしていたその間に、残りの野伏せり…の成れの果て、魂を抜かれた木偶
(でく)らを勘兵衛と久蔵とで大方打ち減らし。言い逃れで場をしのごうとする若造天主へ、想いの丈を存分に込めた一撃を勘兵衛が見舞い、文字通り往生際悪くも、機関銃を拾い上げてその銃口を向けたところを、菊千代が掴み掛かって格納庫から蹴落とした。一緒に転落した菊千代は、併走していた利吉が運搬船で駆け寄って受け止めた模様だったので、それを見届けて善しとし、こちらは次の行動へ。慣性がかかったまま、一向に止まらない都の巨体を切り刻み、何としてでも神無村に突っ込まさせぬよう、絶対制止をかけねばならぬと。侍たちは四散し、居残った野伏せりを斬り払いつつ、都本体を縦横無尽に切り刻んだ。まるで、執拗だった右京そのものの魂の化身ででもあるかのように、どんなに削っても叩いても、なかなか空中分解にまではもっていけそうになかった本丸は………翼岩の手前で、不意に大きく二つに分裂し。その亡骸をもんどり打たせ、村の手前の谷底へと墜落させるという末路を辿った。



  ――― そして。







            ◇



 主機関を落とす際、敵が突っ込ませた斬艦刀と柱に挟まれて動けなくなったそのまま、仕掛けた強力爆薬を誘爆させた平八は。やはり挟まれたままの状態で荒野へと落下し、重い衝撃に意識を叩かれ、そのまま気を失った。多くの仲間を死なせる結果を導いた裏切りを、誰ぞからの糾弾や誹謗などではなく、他でもない自分の心がその穢れを忘れないがため。何処へも逃げようのない罪科の苦さや重さに苛まれ続けて来た。そんな贖罪の人生が、今 終わるのだなと思った。




  「………チ様っ。平八様っ!」
  「平八様っ、しっかりしてくんろっっ!」

 誰かの声がして、辺りが明るいと気がつく。重油の燃える、独特の焦げ臭い匂いが、熱気が、充満している只中に、自分はまだ居るらしいと気がつく。まだまだそう簡単には死なせないよということかなぁ。下肢が重い。痛みは不思議と感じなかったが、だとすれば脊髄をやられたのかも知れずで、やはりかなりの重傷には違いない。そんなことを冷静に数えたところで、視野の中に人の顔を見つけた。ちょっぴり間延びした、いつも泣き出しそうな必死な表情ばかりを浮かべてた、そうそう、利吉さんじゃあないですか。やっぱり困ったように眉を目一杯下げていて、
「良かった。気がつかれた〜。」
 叫び出すような勢いで、そうと口走り、すぐにも村へ運びますからと姿を消す。いやに機敏な動きであり、何かへ怯みそうになるご自身を、懸命に叱咤激励してなさるみたいにも見えた。運転席へと戻ったらしく、ああ、まだ村に着いてなかったんですね。ダメですねぇ、勘兵衛殿から言われたでしょうに。お嬢さんたちを無事に送り届けるのがあなたの仕事だと。自分では動けないが、人の気配を察して、首だけを何とかそちらへと向けると、運搬船の縁に背中を預け、キララ殿とコマチ殿、それに早苗殿とが項垂れて座っている。こんな恐ろしい修羅場に同座しているのだ、さぞかし怖いに違いない。

  “………。”

 それにしても。どうにも動けない状態にあったはずの自分が、主機関と共に墜落したはずの自分が、どうしてまた、彼らに拾い上げられていたのだろうか。意識がなかった平八には見当もつかなかった状況が、彼の身の上へと降りかかったからで。都の最後の悪あがき、制御が狂ったそのままに、主砲同士が撃ち合った折の爆風に煽られて、巨大な機体のあちこちがほころび始めたその余波で、彼を押し潰さんとその身へ折り重なっていた斬艦刀が吹っ飛び、瓦礫の中からその姿を掘り出してくれた格好となった。重いものが乗っかってしまった場合、いきなりそれをどかすと、停滞していた体液が全身に回ってショック症状が起きるというが、彼の場合はそんなに時間経過もなかったため、そちらの恐れもないままに済んだということらしかったが、

  「………っちゃま。」

 小さな小さな声が。それは悲痛な呟きが。再び意識を失う直前に、平八の耳へと飛び込んで、消えた………。






            ◇



 村に辿り着くと、見るからに重症の平八は早速にもかつて侍たちが詰め所として使っていた古農家へと運ばれた。本格的な外科の医者を呼ばねばならぬということで、あの運搬船を唯一操縦出来る利吉が折り返すように飛び出しかかったが、

  「待たれよ。」

 それを引き留めたのが、いまだ杖を離せぬ痛々しい態の五郎兵衛殿で。先の神無村を戦場とした激しい攻防の最中に、脾腹を抉るほどもの重傷を負った彼は、復興の場でも働けず、この最終決戦へと村中が騒然としていた中でも、一人だけふらりと戻って来たそのまま、防衛最前線で立ち回っていた勝四郎殿から“大事を取って下さいませ”と床にいるよう説き伏せられていたものの、
「聞けばそなた、2日もの間、操縦し続けであったというではないか。」
 しかも、あの…ひとかどの武人でも、あれを前にしてはそれなりの覚悟が要っただろう、壮絶なまでの修羅場を間近にし、決死の想いで負傷した平八を拾い上げつつ、文字通り戦火を駆け抜けての勇猛立派な帰還。虹雅渓で出会ったばかりの頃はああまで気弱だった彼が、この村を守る決戦の場では、不安を訴える村人への抗弁に立ち、果ては機巧侍にしか扱えないはずの巨大な鉄砲を撃ち放つ工夫をまで考え、こんな途轍もない危険まで乗り越えて、それは頼もしい眼差しを返して来るまでになっており、
「だども、五郎兵衛様…。」
 まだまだ完全回復してはいない身を、案じるように見つめ返されてしまったが、
「頼む。此処は、某
(それがし)に行かせてくれぬか。」
 何も出来なかった自分が歯痒くてしようがない。胃の腑が煮えてそのただれが背中まで回って引っ繰り返りそうで、じっとしてなどいられない。1週間も安静を守って来たのだ、回復…とは言い切れないまでも復調はしていたし、何より、
「シノさんっ、新しい布をっ! 早くっ!」
「はいっ!」
 キララが率いる女性陣たちが救急の手当てに当たっているものの、全身からの出血が止まらぬままな平八の痛々しい姿を見るにつけ、この身を裂いてすげ替えてでも助けてやりたいとの切望が止まらない。恐らくは他のお仲間たちだとて、彼と代わらぬほどの重傷を負っているに違いなく、そんな彼らを手当てするためにも手練れの医師は絶対に必要。
「虹雅渓に、某が懇意にしていた医師がおる。あの御仁ならば、こちらの事情も深くは詮索しないまま、最高の手当てを施してくれよう。」
 そうとまで言われると、分は五郎兵衛の方にあった。利吉が呼んで来ようとしたのは近在の村医者で、腕が悪い訳ではないけれど、こうまで凄まじい怪我と面と向かったことが果たしてあるのかどうか。
「…判りましただ。」
 頷いた利吉は、せめて村の広場まで乗り入れた運搬船までと、五郎兵衛に肩を貸すようにして送ってゆこうと仕掛けたが、

  「…待って、下さい。」

 空耳かと思えるような。そんな微かな声がして。まさか、よもやと二人が振り向いた先。板戸を重ねての診察台代わりにしたような、高さのある寝床に横たえられていた平八が、確かに二人を呼び止めた。
「…ヘイ、さん?」
「いけません、平八様。」
 意識が戻ったのは喜ばしいが、何か…その身を動かそうとしているのは大変に危険だ。そのくらいは、専門家の医師ではなくたって、キララたちにも判ること。だというのに、満身創痍の小柄なお侍様は、何かを探しているかのような所作を見せて、自分の身体のあちこちへその手をさまよわせており、
「…キララさん、この、道具入…れの中から。火掻き棒みたいな道具を探し…て、くれませんか?」
「あ…。」
 それもまた血のりで濡れて重くなっている布袋。脱がせるついでだと意を決すると、それでも傷には響かせないように注意を払って腰回りから取り外し、中を探って一対の棒を見つけ出す。何やら小箱のようなものと配線でつながっており、
「それは、探査装置、なんです。」
 何とか腹に力を張ってだろう、笑顔を浮かべて見せると、
「菊千代殿が、いつぞや…大人げなくも、難しいと、ころへ隠れた時に、探すのにと使ったそのままなので…。」
「…っ!」
 ハッとしたのが、預かった家系図の巻物を抱き締めたままで項垂れていた小さな巫女様。上がり框に座り込んでいたものが、パッと立ち上がって姉のすぐ傍らまでを飛んで来た。
「姉様、それ、コマチが使えますっ!」
「でも、コマチ…。」
 全てを言わずとも、通じたらしい小さな巫女様へ、
「コマチ、殿。」
 切れ切れになりかかる声音を、それでも紡ぎ続ける平八は、
「探し方は判っていても、見つけた後の、ことは…判らないのでは?」
 そうと確認するように訊き、
「利吉さんに、手伝ってもらいなさい。」
 それで反応を拾い上げるところまではあの時と同じです。
「ただ。それ…で見つけた、菊千代殿の姿は、今までと、は、違うはずです。」
 痛みが襲って来たものか、
「平八様っ!」
「ヘイさん、もうよいっ!」
 苦しげに眉を寄せつつも、真摯な、一途な眼差しに励まされるように、平八は説明を続ける。
「恐らくは鋼の小箱、若しく…は、外連(けれん)仕立ての、芝居を、構えた時のような、首だけかも。」
 それを見つけたら、配線でつながっている他の部品や小箱大箱の全てを回収して下さい。その時に、互いのつながりを切ってはなりません。首まるごとという見つかり方をしたときを例外に。いいですね? つながってる部品全てをつながったままで回収して下さい。それだけを何とか伝え終えると、ことりと意識を失ってしまった工兵侍殿。
「…ヘイハチさん、ありがとですっ。」
 あの菊千代が機械の体だったからこそ、まだ、何とかなるかもしれないと。ほんの欠片ほどの奇跡だが、全くゼロな訳ではないのだと。それを伝えたかった彼なのだと判って。コマチは小さなお鼻や目許、頬を真っ赤にしつつ、ペコリと頭を下げると、利吉や五郎兵衛に先んじて、運搬船へと目がけて駆け出していた。







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  *どうせなら、全員に生き残って欲しかったので。
   あれで“生きてた”はなかろうという苦情は、
   すいませんが受けつけません。
   こういう形の“パラレルもの”だということで、
   どうぞご了承下さいませです。